風のある暮らし

東京から田舎へ。子供と2人でのんびり暮らしています。

絶対なってはいけない空気感ただようコロナ禍1年目の田舎暮らし

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ずいぶん前のシリーズ小学1年生。腹痛と保健室通いの代わりに家での人格が変貌するの巻(1) - 風のある暮らしが未完のまま放置状態ですが(スミマセン)、、とりあえずそれはちょっと置いといて、、コロナ禍での田舎暮らしがどんなものかを紹介したいと思います。

とはいっても、あくまでも私が住んでいる田舎に限って!の話で、他の田舎がどんな感じなのかは全く分からないので、「ふ~ん、そういうところもあるのね」っていう程度で読んでもらえると嬉しいです。では、まずはコロナ禍1年目編からどうぞ。

 

コロナ禍1年目、感染したらもう田舎の集落にはいられない

未知のウイルスに田舎も大パニック。国の緊急事態宣言で小学校も臨時休校に突入。からのそのまま春休みになったような。それでも東京の友達のところに比べれば全然短かったような気がします。

 

「よくわからない」というのが何より怖くて、誰もかれもが固唾をのんでニュースを見る毎日。徐々に増える感染者。じわじわ。じりじり。。そして。。この田舎にも。。

 

。。と思いきや、1年目は私の暮らす町には感染者は全くでませんでした。それどころか周辺の町でもまだ1人も出ていなかったはず。

 

感染者がいない。これは喜ばしいことではあるのですが、この期間が長くなるほど、「なったらもうここには住めない」「1番手には絶対なりたくない」という別の恐怖に支配されるようになるわけでして。

 

住民みんなが周りの目を気にして戦々恐々としながら暮らす毎日。お盆や年末年始には親戚や身内がわんさか集まることがここでは恒例でしたが、私が住む集落の皆さん、それら一切をとりやめに。

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「県外ナンバーの車が停まってるとだめだからね。だから子供たちには帰ってくるなって言ってある。」

 

「誰も出ていないのに、1番になるわけにいかないから今年は子供らは帰って来るなって言ってある。」

 

皆さん口を揃えてこのようなことを言っていました。感染すると怖い。色々な意味で。。

 

なにせうちの集落は集落に住む人しか入ってこないので、知らない車、ましてや県外ナンバーが通るだけでめちゃくちゃ目立つ!

 

「県外ナンバーの車が通ってたけど、どこの家の関係?」とか皆さんすごい見てます。こっそりひっそりとか絶対無理。

 

思った以上に、車のナンバーをチェックする人が多いことに震撼。スーパーに県外ナンバーが停まってた!とか県外ナンバーとすれ違った!とか。

 

 

ものっすごいピリピリムード。絶対に感染してはならない。という空気感が日増しに増大。

 

怖い。怖すぎる。地元民でもない私が感染して万が一にでも集落のお年寄りにうつしちゃったりしたらもう袋叩きだよね。夜逃げ案件だよね。もはやコロナになるより、なった時の周りの反応が怖い。

 

そんなわけで、あおか家も周囲の空気?殺気?を読み、お盆もどこにも行かず年末年始のいとこんちへのお泊りも当然とりやめに。

どこにも行かない分、普段は買わないちょっと贅沢な食材を楽天でポチったりして、ひたすらおいしいものを食べつくしグータラする年末年始で、それはそれで楽しく過ごしました。

 

コロナ禍1年目、臨時休校あけの田舎の小学校はどうなった?

え?なんで学校だけ休み?会社はあるのに?とまぁ、突然の緊急事態宣言からの臨時休校に戸惑いながらも受け入れるしかなく。

 

子供は1人で家で留守番させて私は毎日普通に出勤。まだまだ初期すぎて、さらに田舎はテレワークも全然普及しておらず、周りのお母さんお父さん達も普通に出勤していました。

 

臨時休校があけての学校再開。そもそも児童数がべらぼうに少ないので、特別なことは何もしなくても常にソーシャルディスタンス。変わったことと言えば、マスク着用と黙食くらい。

 

運動会や発表会等の学校行事も中止にならず、多少の縮小はありましたが全て決行。

 

修学旅行も日程変更があったり、行先も近場でのお泊りに変更になりましたが、先生たちが本当に色々考えてくださって行くことができました。

 

元々行く予定だったところに行けなくなったのは子供は最初とても残念がっていましたが、行ってみたら近場でも結局はとても楽しかったようです。

 

この歳の子供って行先は関係なく、友達と一緒にお風呂に入ったりお泊りするってこと自体が非日常でワクワクしますもんね。特に先生に内緒で友達と夜中まで遊んだのが子供は一番楽しかったそうで。

 

そんなわけで、子供は我慢を強いられるようなことはなく、楽しい学校生活を送れたようで、先生たちの配慮に感謝です。

 

コロナ禍1年目、田舎のPTA活動とか保護者の集まりとか

移住してきて大誤算だったのが、児童数の少ない小学校だからか保護者の参加行事がやたらと多かったこと。

 

行事に参加するだけでなく、もれなく練習も平日の夜に何回もあるわけで、これは本当に大変でした。なんせうち以外は皆、おじいおばあが近くに住んでる、とか一緒に住んでる、とかなんでね。。

 

それがコロナで!保護者の参加行事はもちろん、練習も全て中止に!!さきほどの「学校行事の多少の縮小」っていうのがこの保護者の出し物。

 

正直、なくなって良かったと心の底から思いました。だって本当に本当に大変で。(何回も言う) もちろん、表立ってそんなことは口が裂けても言えませんが。

 

通常のPTA活動は中止になることなく集まりも普通にあったけれど、学校行事への参加&練習がなくなっただけでも私の負担は大幅に軽減されました。

 

もうひとつ密かに喜んだのは、全校保護者の食事会というか飲み会がなくなったこと。とにかくこの会もやたら多くて。

 

会館とか数少ないお食事処を夜に貸切って、夫婦と子供とその兄弟、家族総出で参加するわけです。

 

しかし、私は昔からこういう集まりが苦手。独身時代も会社の飲み会とかほとんどお断りしてさっさと帰る付き合いの悪いかわいげのないタイプ。

 

独身時代はそれでなんの問題もなかったけれど、子供がいる今はそうもいかない。ほぼ100%の参加率で子供も行きたがるから行くしかない。

 

そんな食事会もコロナのため全面中止になったのは正直、私にとっては救い。もちろん、これも口が裂けても言えませんが。

 

じゃあ保護者の集まりが全くなかったかというとそうでもなく。個別で親子で集まることはそれなりにありました。仲良しの子供同士で泊まりあいをしたりも。

 

ほとんどの保護者が町内で働いていて、県外はおろか町外に行くことも少なく、町内の中、町民であれば大丈夫、という意識があったように思います。

 

コロナ禍1年目の田舎暮らしのまとめ

未知のウイルスに最初はみんなが慄きましたが、町内にも周辺の町にもウイルスが迫ってくる様子は全くなく、徐々に「ここにはコロナはこないんじゃ?」という変な安心感も漂いはじめてもいました。

 

でもだからこそ、誰もが「なったり終わり」「絶対なってはいけない」と思っていたのも事実で、「この町にいれば大丈夫という安心感」とは反する緊張感もまた存在し、「県外に行く」「県外から来る」ことにとても敏感になっていたように思います。

 

コロナ禍2年目の田舎暮らしに続きます。(間が空くと思いますが・・)

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