風のある暮らし

東京から見知らぬ田舎へ。更年期の母ひとり、思春期の子ひとり(中学男子)の暮らし。

ママ友がランチで貸したお金を返してくれない件

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貸したお金は返ってこないものだと思えというのが先人たちの教えである。言いこという。人間の神髄をついている。そうなんだ。分かっていた。

 

お金の価値は人それぞれ

お金返ってきません。

いくらだって?

300円。

は?3000円?

ううん、三百円。コインの方。百円玉3枚。

300円くらいええやないか!

 

と思う人もいるでしょうとも。昔々独身時代のお金にもっとチャランポランだった頃の私ならきっとそう思ったし、その前に忘れちゃうレベルだったと思う。

 

でもね、今は在宅ワークで細々と慎ましやかに質素に息をひそめて暮らしてる。いや、まぁすすんでこの生活を楽しんでるんだけどね。

 

たった300円でも稼ぐってなると結構大変なんですよ。在宅ワークは1案件につきいくらっていう給与形式になるから300円を換算すると〇分間ただ働きか…とか思っちゃうし。

 

グーグルアドセンスの広告なんかも貼っちゃってるけど、それこそ月やっと300円ってとこ。それが丸々吹っ飛ぶのか…とか思っちゃうし。

 

ええ、ええ、どーせ私は小さい人間です。みみっちいです。分かってますよ。でも私にとって300円はおいそれと忘れられない金額なんです。

 

ママ友とランチでお金を貸す

PTAの関係でどうしても打ち合わせが必要で、ママ友と平日に彼女の職場近くでランチすることに。

 

ランチっていってもこのへんにはほとんどお店はなくて、おじいちゃんが1人でやってる古ぼけた大衆食堂みたいなとこ。

 

帰りの会計でこの店に小銭が用意されてなくて(エエエ!)、おつりシステムが停止中。お札しかなくて手持ちの小銭では足りなかったママ友が私に「300円持ってる?」と。

 

その時は何も考えずに財布の中をみて「あるよ」って言って渡してしまったんだけど、よく考えたら私は千円分の小銭を持ってたから両替してあげればよかったんじゃん!と。あとの祭りなんだけど(わーん!)

 

んで、もう300円は戻ってこない気はすぐにしたわけで。相手がね、このママ友だから。

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少ない人数で全員が何かしらPTAの仕事をしないといけない中で、関係性を切るってことはできないんですよね。

 

もうあきらめよう。あの300円はあげたと思おう。いや最初からなかったと思おう。そーだそーだ・・・もやもやもやもやもや~。無理!やっぱり無理!

 

なんでこんなにむかむかもやもやするのか考えてみました。300円が大事ってのもあるけどさらに輪をかけたのがきっとこれ。

 

・ ランチの焼き飯が劇的にまずいうえに夕方おなかを壊した。

・ 彼女の職場近くまでわざわざ車で15分かけて私が出向いた。

・ 彼女に普段お世話になっていることは別になにもない。

・ 先日の不可解なお誘い以外にモヤッとすることが積み重なっていた。

 

私は初めて行くお店だったんだけど、焼き飯がね、550円だったけど史上最高のまずさで。これが結果的には880円払ったんだと思うと納得いかない感ありありで。

 

そしてなにより相手が彼女だからここまで300円を惜しいと思ってしまい気持ちよく手放すことができなかったのかも。ケチと言われようが思ってしまうんだもん!

 

催促してみた

で、こないだPTAの集まりの時に彼女に言いました。

「あ!300円返して~」って。笑顔で!

そしたら「え?ん?」って。完全に忘れとるという!

「ほら、こないだのランチの」って言ったら「あ~!ほんまや~!」って。

で、返してくれませんでした。めでたしめでたし。

 

いやいや、なんでやねん。普通さその時点で財布取りに行くよね。なんか小1の息子ちゃんとじゃれあってたからタイミング悪かったのかもと思うけど、泣いてるわけでも揉めてるわけでもないんだから私ならその場で財布取りにいくよね。

 

さすがにそれ以上催促もできず、PTAの集まりも始まりそしてお開きに。もう彼女とこの300円について語り合うことはないでしょう。永遠に凍結。

 

まとめ

今回のことでもやっぱり彼女とは価値観がものすごく違うことがよくわかりました。今まで以上に距離をおこうと心に誓った2018年冬。

 

2019年は300円を女神のように清らかな気持ちと慈悲深い気持ちで手放せる人になりたい。