風のある暮らし

東京から田舎へ。子供と2人でのんびり暮らしています。

自然の音の中で自然のリズムで暮らすということ

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 「今日はどんな夢見ようかなぁ。はあーーーっていうくらい静かな音だね。」

  

子供がお布団に入って呟きました。田舎の夜はとても静かです。静寂と暗闇に包まれて、私たち人間も含んだ全てが一体となって自然のリズムに抱かれてひっそりと眠っているようです。まるで宇宙まで感じられるような静かな音です。

 

東京にいた頃は、日常の中であまりにも色んな音が溢れかえっていて、音に対して鈍感になっていました。

 

キャンプに行って森の中で夜を過ごしたこともあります。満点の星空を見上げながら「あ~やっぱり自然っていいなぁ静かだなぁ」とも思いました。

 

でも、それはあくまで非日常で得られる一瞬の体感で、「自然体験」のイベントのようでした。

 

田舎で暮らし始めて、日常の中で自然の音に包み込まれているうちに、音に対して少しずつ研ぎ澄まされてきたような気がします。

 

木の葉の揺れる音

木々の間からこぼれる風の音

雪が木から滑り落ちる音

鳥たちの会話のようなさえずり

鳥が木から飛び立つときの音

川が優しく流れる音

大雨の後の川がどうどうと激しく流れる音

 

自然の音には、人間が手を加えることのできないエネルギーを秘めています。時に、私たちを阻むような音がします。そんな時は近づかず、遠くからそっと耳を澄まします。

 

人は、自然の優しい音を聞くと、癒され心が落ち着きます。自然の厳しい音を聞くと心がざわつきます。

 

自然の音の中で自然のリズムで暮らすということ。それは、人間が自然の中で生かされているということです。

 

そのことを大人よりも子供の方が本能で分かっているのかもしれません。

 

「ここのお月様は人の声に邪魔されなくてきれいだね。」

 

田舎の夜空を見上げて子供が私に言いました。私には意味が分からなくてどういうことか教えてもらいました。

 

「人の声とかしないからずっとお月様を見てられるでしょ。ずっと見てるからきれいだな~って思うでしょ。東京にもお月様はあったけど、人の声がたくさんして、そっちが気になっちゃってすぐにお月様を忘れちゃうんだ」

 

東京にも木々も緑も川もお月様もありました。けれど、色々な音に自然が埋もれて、一瞬気づいてもまた一瞬でその存在を忘れてしまう。

 

自然はあっても自然のリズムを感じることも自然に生かされているという実感も私にはありませんでした。それはきっと子供もそうだったのでしょう。

 

今もそんな実感は子供にはないと思います。けれど、本能で分かっているんじゃないかなと思っています。

 

そんな子供は静かにしているわけではなく、今住んでいるのが一軒家でお隣さんとも離れているので、大きな声で歌ったり、激しく踊ったり走り回ったりしています。

 

今日も自然の静かな音と子供の賑やかな音。リズムが合っていないようで合っているのかもしれません。