風のある暮らし

東京から見知らぬ田舎へ。更年期の母ひとり、思春期の子ひとり(中学男子)の暮らし。

『となりの少年少女A理不尽な殺意の真相』を読んで自分と重ね合わせた1つの事件(2)

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自分の親に殺されると本気で思ったことが私にはあります。今思えば、地位も名誉もある父が実際にはそこまでするはずもなかったでしょう。でも中学生だった私にとって父はそういう存在だったのです。

 

奈良自宅放火母子3人殺人事件の犯人である高校1年生の少年が追い詰められたような状況に陥った中学生だった私のお話の続きです。

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追い詰められて

「あなた答えを見てるでしょう?今日そのことをお父さんに報告するからね。」

母にそう言われて顔面蒼白になった私。父に報告されたら私は終わる。

 

私「答えなんて見てない!知らない!」

母「お父さんとおかしいって言ってたのよ。急に問題がスラスラ解けるようになって。だからもしやと思って答え(の冊子)が動いたら分かるよう目印をつけてたのよ。やっぱり答えを見てたのね。」

私「違う!私じゃない!」

母「私もお父さんも触ってないんだからあんたしかいないでしょ!とにかくこのことはお父さんに報告します!」

私「お願いやめて!」

母「報告します!」

 

もうだめだ。なにもかも終わりだ。お父さんに知られる。私は殺される。

 

恐怖にかられた私は台所にかけこみ包丁を取り出しました。そして自分の首に包丁の刃を向けて泣きながら叫びました。

「お父さんに言うんだったら今すぐ死ぬから!!」

 

母はさすがに焦った顔をしていました。

母「やめなさい!包丁なんて置きなさい!」

私「言わないって約束して!!そうじゃないと本当に死ぬから!!」

 

母が包丁を奪おうとしたので、私は包丁を持ったまま走って自室にたてこもりました。父には報告すると譲らない母と包丁で死ぬと言う娘。扉越しに母としばらく押し問答を続けました。

 

私のあまりのパニックぶりに母もおののいたのか、最終的には『今回だけはお父さんには言わないから』と母が折れる結果に。

 

このときばかりは母は約束を守ってくれました。それは私を守るためではなく世間体を守るため。私が本当に実行してしまったら近所もうらやむエリート一家であるうちは破滅ですから。

 

よく考えると私の行動も矛盾してるんですけどね。父に殺されるのが怖いから自分で死ぬ。でも父に知られるというのはそれほどの恐怖だったのです。

 

耐え難いくらいの恐怖に完全に正気を失い我を忘れてとにかくその恐怖から逃れたいとだけ考えたのです。本気だったのか脅しだったのかその時の自分を自分でも分かりません。

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私と少年の違い 

平均点より20点低かった、家での問題集の答えをカンニングしてた。このことを知られると自分は殺されるという心理に子供を追い込むほど絶対的神の存在である父親。

 

あの時の絶望的に追い込まれた心理状態、私は数時間程度だったと思いますが、奈良の少年は2週間にわたってジワジワと追い詰められていきます。

 

保護者会という学校行事がなくなるわけもなく、父親にバレるという事実から絶対逃れることはできないという状況の中で。

 

『パパを殺して僕も家出しよう。自分の人生をやり直そう』

少年は父親を殺すという選択をします。

 

もし母が父に報告することを撤回していなかったら私はどうしていただろう。もし私が少年と同じ状況だったらどうしただろう。

 

少年が置かれていた家庭環境は私よりも過酷だったことには違いない。少年が追い詰められていく2週間がどんな心理状態なのかは想像するのも耐えられないほどに想像できてしまう。

 

それでも私は少年と同じ行動を選ぶことは絶対にしないと言い切れる。どんなに正気を失おうが我を忘れようが、自分に刃を向けることはあったとしても自分以外に向けることはしない。少年が選んだ道を私は選ばない。

 

だって父親を殺して自分の人生をやり直せるわけなどないという当たり前のことを私は知っていたから。犯罪を犯せばそれこそ今まで以上に生き地獄だと分かっていたから。

 

それは両親への愛情がひとかけらでも残ってるからとかそんなきれいごとではなく、損得勘定といった類からの選択。こんな両親のために自分の人生を棒にふるなんてまっぴらごめん、っていう計算。

 

そして何より、人を殺すという行為に対しての本能レベルでの拒絶。善悪の問題じゃなくて”やりたくない”。

 

両親に対してどぎつい妄想をしたことがないと言えば嘘になるけど、それは実現不可能な領域であることも分かっていたし、実現したいとも思っていなかった。サスペンスドラマを見るのと同じような感覚だった。

 

だから、少年の追い詰められた心理状態を自分と重ね合わせて想像はできても、少年に共感はできないし理解もできない。


もっと大人になれば私のように正々堂々と父親から逃げることができたのに。もっと計算高い選択をすればよかったのに。けれどこれもすべては私だけの結果論だと分かっている。

 

選択肢は他にもあったのにとどんなに周りが嘆いても、その時その瞬間が彼の人生の全てでありその道しか彼には見えなかった。

 

どうしてなのかは私には分からない。私と少年との何が違ったのかも分からない。生まれついてのものによるのか環境によるものなのか。

 

きっと何を聞いたとしても、どうして少年がその道を選択したのか理解することは私にはできないと思う。

 

まとめ

私は中学校ではそこそこ勉強もできて、そこそこ友達もいて、ちょっと告白なんかもされちゃったりもしたりして、先生の目からも友達の目から見ても”どこにでもいる普通のいい子ちゃんの女子中学生”でした。

 

家庭環境が普通ではないことなんて誰にも言ったことがありません。言う理由がなかったし知られたくもなかったから。

 

だから包丁をとりだして、なんて物騒な出来事があったことを誰も知ることはありませんでした。

 

もし言ったとしても、普段の私のイメージからはあまりにもかけ離れすぎていて誰も信じなかったと思います。

 

みんな私は素敵な家庭で育つ幸せな子供だと思っていました。そして、そう思われていることがその頃の私にとっての幸せでした。

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奈良の少年は小学校時代から成績優秀でスポーツも得意、性格も明るくて学校の人気者だったそうです。

 

ご近所さんから見ても、少年の家族仲はとても良く、少年も行儀の良い好青年と思われていました。

 

家庭内のことは家族以外誰にも見えないし分からないものです。家庭内であっても家族が機能していなければ子供の本当の姿は見えないし分からないものです。

 

私は親として大丈夫なんだろうか?この子は大丈夫なんだろうか?全然分からないし自信もない。だから今日も私は子供をぎゅっと抱きしめるのです。きっとそうしたほうがいい気がするから。