風のある暮らし

東京から田舎へ。子供と2人でのんびり暮らしています。

心を病んだ母との確執。中学・高校は暗黒の時代でした(3)

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大学受験を決めた高2の夏。家庭教師もいない、完全独学スタイルです。スタートも遅ければ、攻略もままならず。でも、”この家を絶対出ていく”というやる気だけはみなぎっていました。

 

勉強のモチベーション 

自分でスケジュールを組み、毎朝5時には必ず勉強をスタートするようになりました。何かが憑依したかのように、朝から晩までひたすら勉強に没頭する私。

 

最初はどうせ長続きしないだろう、どうせバカなんだから結果なんて出ないだろうと、嘲笑する母。

 

でも。憑りつかれた人間のパワーは母をも黙らせました。見事に上がっていく偏差値。成績。順位。

 

この大学でこれを勉強したい!というモチベーションは一切なく、”両親を捨てて自分の人生を生きたい”というモチベーションだけで私の偏差値はみるみる這い上がっていったのです。

 

両親の反応

目に見えて上がっていく成績。学力だけが判断のものさしである両親。するとどうなるか。

 

手のひらを返したかのように、ルンルンでチヤホヤしだした母。

 

『やっぱりあなたもやればできる子だったのね!』

 

『お父さんの子供なんだからやっぱり天才なのよ!』

 

私をずっと無視していた父は、急に話しかけてくるように。17年間向けられたことのなかった気持ちの悪い笑顔で。

 

私は。

 

お腹の中で大笑い。なんて簡単なんだろう、この人たち。なんて分かりやすいんだろう、この人たち。あぁ心底ぞっとする。

 

自分の思い通りにならない期待外れの子供は、あんなに目の敵にして散々ひどいことをしてきておいて、自分の思い通りに子供が動き出すとこの展開?まぁでもいいや。私の目的はこの人たちを捨てることなんだから。

 

家を出たい私と、娘2人を大学進学させたという肩書がほしい親。初めて私と両親の利害が一致した瞬間でした。

 

プライドなんて必要ない 

父はご機嫌で受験する大学をリストアップ。そう。私は父が選んだ大学を受験したのです。5大学8学部くらいあったでしょうか。私と相談ではなく、母と相談して決めたそうで、それは決定事項でした。

 

そのリストを見たときは鳥肌が立ちましたが、その通りにしました。というかリストが登場した時点で私には選択権はもうそれしかありませんし、逆らうだけ無駄なのです。せっかく利害が一致しているのに、ここで反発して逆上されても困ります。

 

正直、大学生活なんてどうでもよかったので、さほどこだわりはありませんでした。奨学金で必死に大学に通っている人からすると、ふざけた話でしょうし、”お前は恵まれている!”と思われることでしょう。

 

ほんと、その通りです。大学でやりたいことなんて何一つありませんでした。両親から離れるためだけに大学進学を目指し、両親を捨てて自立するためだけに、大卒という肩書を求めたのですから。合格さえすればそれがかなうのですから、私は恵まれていたと思います。

 

軽蔑する父のお金を利用することに何のためらいもプライドも私にはありませんでした。家を出ることが第一目標であり、最優先事項。手段などどうでもよかったのです。

 

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     こっちもどうでもいいけどココアを入れすぎたちょっぴりほろ苦いココア蒸しパン。

 

 現実はそんなに甘くはない

とにかく勢いだけで受験へと突入した私。現実の厳しさに打ちのめされます。そりゃあそうでしょうね。ただでさえ成績もいまいちの田舎娘が独学で大学受験を目指すなんてバクチもいいとこ。

 

しかも、両親のリストアップした大学の偏差値ときたら。滑り止めとして1大学のみ偏差値45あたりの聞いたことのない女子大。その他4大学8学部は偏差値60~65。

 

ふふふ。偏差値おかしいから。無理だから。滑り止めとその他4大学の間はどこいった??と突っ込みたくなる組み合わせ。

 

一番最初に合否がでたのは滑り止めの大学でした。合格でした。そのことに対して、両親から驚くべき言葉を聞くことになります。

 

 やっぱり続くのでした・・・。

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