風のある暮らし

東京から田舎へ。子供と2人でのんびり暮らしています。

親の好みの子供に育てようとする自分に気づいたとき。いい子って何?

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知らず知らずのうちに、子供を”自分が好きな子供”に近づけようとしてしまうことが私にはありました。今は自覚しているのでずいぶんマシになりましたが、子供がもっともっと小さい頃は”大人の好む子供らしい子供”を子供に求めていました。

 

大人が好むと思っていた子供像とは

・ハキハキと元気に挨拶ができる

・大人に質問されたら自分の口でちゃんと答えられる

・誰とでも仲良く遊ぶ

・物を貸してあげられる

・ゆずってあげられる

 

これ全部、他人から子供がどう見られてるかという他人からの評価基準です。私はこんなくだらないことが”いい子”だと勘違いしていました。大人の思う”いい子”が育児の正解だと思っていたのです。

 

大人の人に「こんにちは。いくつ?」と言われてもモジモジして答えられない子供に、「ほら、ちゃんと挨拶してごらん。自分の歳だって言えるでしょう?」と挨拶を強要していました。『挨拶もできない子供に育てている親』と思われたくなかったのです。

 

お友達がうちに遊びに来て、子供が手に取ってすぐのおもちゃをそのお友達もほしがったら、「貸してあげようね」と私が口出しして子供に我慢させました。『おもちゃも貸せないわがままな子供に育てている親』と思われたくなかったのです。

 

子供の気持ちなど全然考えていませんでした。子供への評価を通して自分への評価ばかりを気にしていたのです。”いい母親”という評価でいなければらないと思っていたのです。

 

”いい子になってほしい”は”いい母親に見られたい”という私の願望のあらわれだったのです。 

 

自分の思い通りになる子供

子供を”大人の思ういい子”に育てて、子供もあまりわがままを言わない”私好みの子供”に育っていました。

 

保育園でも”いい子”だと言われていました。遊んでいるおもちゃを他の子にとられても怒らない。いつも譲ってくれる。喧嘩をしたことがない。先生の言うことをちゃんと聞く。

 

あれ?なんだかおかしくない?そこでようやく気づきます。

 

『私、自分の親と同じことしてる。』

 

子供には絶対に手をあげない。子供の人格を否定するようなことを絶対に言わない。両親と同じような子育てを絶対にしない。そう誓ったはずなのに。そうできると思えるようになったから子供を産んだのに。

 

手もあげなかったし、NGワードを言ったりもしなかったけれど、根本的な考え方が一緒だったのです。”自分の思い通りになる子供”に育てようとしたこと。

 

自分にぞっとしました。私は子供を何のために誰のために育ててるんだ?って。子供は何かのためでも誰かのためでもない存在なのに。親は子供を”親の思い通りの子供”にしようとする権利などないのに。

 

親はただ、子供が”人”として成長できるよう、そのサポートを担っているだけ。子供を思い通りにしようと思うこと自体、子供を自分の下に見ていて子供の上に立とうとしていること。親が子供をあやつるような存在であってはならないのです。

 

『このままではこの子をダメにしてしまう』

 

目が覚めた気がしました。今変わらなければ大変なことになる。直感的にそう思いました。

 

他人からいくら評価されたところで、所詮他人です。言い換えれば、他人にどう思われようが、所詮他人なのだから痛くもかゆくもなかったはずなのです。

 

大事なのは他人の評価じゃなくて、私の親としての信念です。この世の決まり事を自分の信念を持って子供に伝え、私自身でそれを実践するのを見せ続ければそれでいいんだと思うようになりました。

 

子供ができるできないはどうでもいいのです。今はできなくていいのです。生きていく上で大切な事は、”そのことが大事だと知っているか””身近にそれを見せてくれた人がいるか”だと思います。

 

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             かわいい~と目を細める子供。どこが?と思う母。

 

子供の現在

小4になる今。子供は相変わらず平和主義ですが、「嫌なことは嫌」と言えるようにもなりましたし、理不尽なことや納得のいかないことには首を縦に振りません。学校でもしっかり自己主張できているようです。 

 

挨拶は、ハキハキと元気には全くできていません。私の知る限り、小さい声でボソボソ~と挨拶しています。でもそれでいいんです。子供だからって元気いっぱいハキハキ挨拶する必要なんてないと思います。

 

参観日でも手をあげなくていいんです。大きな声で発表できなくてもいいんです。子供がいつか自分で必要だと思ったときに、やってやろう!というメンタルの強さをつけていくことの方が今は大事なんです。

 

大人の思う”いい子”は幻想だったと今は思います。ナチュラルにそんな子はこの世にいないし、そんな子に育てようとしてはいけないのだと思っています。