子供の頃の記憶は、私の場合は2歳くらいからのことを断片的に覚えていたりしますが、ものすごくはっきり覚えていることがあります。
鮮明に覚えている思い出
それは私がまだ3歳くらいだった頃のこと。私は母と父とダイニングにいました。窓から夕陽が差し込んで部屋の中がオレンジ色だったのを覚えています。
私はダイニングテーブルのところに立っていて、その対面に母と父が立っていました。右に父、左に母。私の背丈はダイニングテーブルより小さく、ちょうど見上げる感じで二人を見ていました。
母は父に怒鳴られていました。なにが原因か分かりませんが、母がシクシクと泣いていました。
次の瞬間、母は父に思いっきり平手打ち(かパンチ)されました。母のメガネがぴゅーんとどこかへ飛んでいきました。母は頬を抑えて嗚咽していました。
という場面です。その前後は全く覚えていないし、3歳の自分がそれを見てどう思ったのかも覚えていません。
でもいまだ忘れることなく鮮明に覚えているということは3歳の私にとってそれはなかなかの恐怖体験だったのだと思います。
私の父はとにかくすぐに手が出る人で母がよく泣いていたのは断片的に覚えていますがここまで鮮明な記憶はこの場面だけです。
もしもそれがたった1回のことならすぐに忘れたかもしれないし、それでも覚えていたかもしれません。でもその後の父と母の関係、父と私の関係が良好であれば、もっと違う状態での記憶として残っていたのではないのかなと思います。
うまく言えないのですが、その後の父の暴君ぶりはひどくなる一方で、小さい頃からすでに私の中での父は”母をいじめる怖くてひどい人”という印象しかなく、この3歳の時の思い出が固定されてしまったというか、根底にある父との記憶がこの時の思い出になってしまった気がします。
姉の恐怖体験
それは姉が2歳のときのこと。畳の上のトレーに乗せた湯沸かしポットを倒してしまいました。すると父が飛んできたそうです。
「大丈夫か?!怪我はないか?!」
というのが世のお父さんの通常の反応だと思いますが、うちの父は期待を裏切りません。2歳児に向かって放たれた言葉とは。
「何やってんだ!!土下座して謝れ!!!!」
念のためもう一度書いておきますが、20歳ではなくて2歳の幼児です。そもそも2歳児が土下座たるものがなんなのか知ってると思ったんでしょうかね。
いやいや、というか2歳児に土下座してもらいたいか?!とあちこち突っ込みどころ満載です。
姉はその後無理やり正座させられ頭を畳にこすりつけられたことだけ覚えてるらしい。・・・・させたんだ!2歳児に土下座させたんだ!さすが!と言うよりほかありません。
これはもう間違いなく恐怖体験でしょう。怖くて怖くてしかたなかったそうです。姉がその後何十年にもわたって父の支配から逃れることができなかったのもこの記憶が根底にあったからかもしれません。
2歳のあんよなんてこんなもんなのに。(分からんて)
私と姉が鮮明に覚えている理由
子供ってあまりにもショックなことは自己防衛のために忘れたりもします。正しくは、忘れたわけではなく記憶の封印ですね。でもそこそこショックだと鮮明に覚えている場合もあります。
記憶のメカニズムとか調べたこともないしよく分からないけれど、私や姉がいまだに幼少期の嫌な出来事を覚えているのは、幼心に衝撃だったのもあると思いますが、そういうことがその後も度重なったからかもしれません。
その後も同じように父にまつわる嫌なことがあってその前の記憶を思い出す。という繰り返しの中で固定されてしまったのかなと思います。
子供の記憶って環境によって左右されるのかもしれません。(なんの根拠もないけど)自分が嫌な状態での記憶が残ってしまったので、その部分では自分の子供に対して意識して気を付けるようにはしました。
24時間365日穏やかなお母さんやってられるなら問題ないでしょうが、私はその域に全く達していないのでたまにやらかします。理不尽に怒ってしまったときはやっぱりフォローも必要。
念のためですが、手を出してはその後に”ごめんね。もうしないから。”っていうのはただのDVでフォローではありません。
怒られエピソードも笑えるものと笑えないものがある
こんなことをして親にひどく怒られたっていう記憶が残ってもいいとは思います。ネタとして笑わせてくれる人もいました。ある意味私もここでネタにしてますが。
重要なのは根底にあるのがそういう記憶”だけ”じゃなくて、親にそれなりにでも大事にされ愛されたという記憶もあることだと思います。
最後に
子供の記憶はあなどれません。”まだ小さいし覚えてない”とは限らないので気を付けたいと思います。(いや、もう10歳だった)